弘前市 前川国男の処女作「木村産業研究所」を見て

建物正面を見る。竣工は1932年。日本最初期のフラットルーフの建物。


ちょっと前になりますが、青森県弘前市に行った時に偶然見学できた、前川国男の処女作「木村産業研究所」※現在は「弘前こぎん研究所」についての感想など。

弘前市にあるプロジェクト絡みで行ったときに、偶然前川国男の処女作を見ることができた。1932年竣工で、コルビジェのスタジオから帰ってきたばかりの作品。フラットルーフ、横連窓、スチールサッシュ、吹抜けなど、当時最先端の近代建築五原則ボキャブラリーをこれでもか詰め込んだ作品。こんな北の果てにアバンギャルド建築が突然出現したようなもの。今でいえば、ザハハディドの処女作が北の果てに突然出現したようなものだと思えばよい。

歴史を紐解くと、パリで施主となる弘前の名士の息子、木村隆三氏と前川国男は親しく交流していたらしく、その流れでこの仕事が決まったとのことである。木村産業研究所は財団法人であり、地域の産業の発展のために設立された、今の地方創生の共通した理念を持ち、その意味でも時代を100年近く先取りしていた(いや、100年たっても解決されていない課題というべきか、、、)。最先端のものを持って来て地域に刺激を与えるとか、それを許した地元のパトロンも含めて、何かいま私たちがやっていることにつながっている気がして嬉しくなった。ちょうど一般公開されており、中を小一時間見学させて頂いた。

エントランスホールのスチールサッシュ

当時前川国男がデザインしたバウハウス流の家具

主階段とそのディテール、モザイクタイルのボーダーがアールデコ調。アイリーン・クレイの建物と同じく、モダニズムとアールデコの共存したデザインが時代を感じさせる。

二階は前川国男記念室となっており、作品のパネルが展示されていた。(現在はどうなっているのでしょうか?)

エントランスホールの吹抜け見上げ、コルビジェ譲りの前川さんらしい原色のデザイン。東京文化会館などでも見ることができますね。


当時として最先端のデザインで、特に屋根など、雪も降る弘前では大変なデザインで、雨漏りと凍害で苦労したらしい。(よい防水材などない時代あたりまえですね)。壊されずに100年近い時を経て今でも生き残っていることが素晴らしい。今使われているこぎん研究所も、こぎん刺しという古くからの手法を今に生かす研究を行っている、いわば地方の歴史的技術の拠点、そして、前川の建物が新しい地域の財産として価値を生み出している。

古びない素材としての煉瓦

RCZ住宅HPのコラムに、煉瓦の素材としての魅力について書きました。最初構造材や耐火材として導入された煉瓦が、仕上げ材としての魅力でいま再注目されるべき存在であることについてのコラムです。長く使う建物には、経年変化により魅力が増す材料の選択が重要です。次世代に渡せる住宅づくりにむけて、資産としての建築の参考として、ぜひお読みください。

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