株式会社ソーラーポート ホームページリニューアル

当社代表取締役がもうひとつ運営する株式会社ソーラーポートのホームページを大幅リニューアルしました。細かいページ構成を整理し、今の業務内容と合わせてより見やすく、会社の理念がわかりやすいページにしました。

株式会社ソーラーポート

実はK&FACTORYのホームページも見やすくしたいのですがこちらは情報も膨大なので整理がつきづらく、、、作品ごとに別ページになるスタイルを変えたいのですがちょっと大変なのであきらめています。最近のHPの流れは1ページに情報をぶら下げてスクロールし易くしているのがほとんどで、これはスマホやタブレットの影響もあるでしょう。ですが、設計事務所のHPは建築の性格上、出来上がるたびにアップしていくスタイルの作品ごとのページが多いです。

最近HPの相談を受けることも多く、建築からHPまで一気に流れで作っていくことがあります。ソーラーポートも今やIoT企業だし、建築とインターネットのありかたを考える上で、ホームページの組み立て方はベーシックなノウハウになると考えています。まあ言ってしまえば「ホームページもまた建築である」ってことで、いろいろ試行錯誤しています。

代官山ヒルサイドテラス-街路の復権

前の投稿でジェイン・ジェイコブズと、「アメリカ大都市の死と生」を取り上げました。街路の復権とコミュニティの創出という意味で、日本にも教科書的なお手本がいくつかあります。その代表例が槇文彦設計の「代官山ヒルサイドテラス」です。日本的な「見え隠れする都市」の構造を抽出し、30年という長い年月をかけて、小さな街路や広場の連続によって構成されたこの街並みは、代官山というエリア全体のステイタスを押し上げました。さらに、東急東横線のイメージを向上させたといっても過言ではないと思います。ここでは、街路と小さな広場の連続という視点からその特徴をざっと紹介したいと思います。

山手通りと引き込まれた街路との関係、歩道と並行するデッキに高低差をつけて場に変化をもたせています。

建物と建物の間のスペースを利用し、隣地との高低差を利用して作られた広場です。年月が経ち植栽が伸び、陽を遮るシェイドとしても機能しています。

歴史的記憶として、元からあった由緒ある塚を残しています。

通りを挟んだ6期工事でも、使われているマテリアルや納め方は変わっても、空間構成の考え方は継承されています。小さな広場と街路の連続。

別のクライアント、別の建築家による、隣地に建つ蔦屋(代官山T-site )にもこの空間構成は継承されています。こちらの設計はクライン-ダイサムアーキテクト。小さな街路空間に多くの人がたむろしています。

少し離れたところにあるヒルサイドテラスアネックス。こちらは外部ではなく建物内部ですが、通り抜けの空間に小さな中庭が面しています。表と裏の通りの高低差をうまく利用しています。


長い年月をかけて作られた、小さな広場や街路の連続がコミュニティを形成する空間になっています。この日もゴールデンウィーク初日でしたが、どこもそぞろ歩きする人がたくさんいました。良い実例が日本にもいくつもあります。こういった場を増やして、子どもたちと高齢者が交わる場をつくっていきたいと思います。


関連ページ

コミュニティの再生を考える上で、街路の復権を1960年代に唱えた、ジェイン・ジェイコブズの著作と映画について書きました。槇文彦の建築にも大きな影響をあたえています。

アメリカ大都市の死と生

ジェイン・ジェイコブズ-ニューヨーク都市革命-

隅田公園にて、、、

打ち合わせの帰りに隅田公園に寄った。錦糸公園などと並び、ここも関東大震災の復興計画の中で、後藤新平の計画した公園のひとつ。700本の桜は8代将軍吉宗公の植えたものがルーツとなっており、川を活かした親水公園は江戸から東京へ引き継がれた。公園上を通る首都高速は、この時代に整備された隅田川の緑のネットワークがなければ成立しなかった。パリやロンドンをモデルとした親水公園が、都市のバッファーゾーンとして、新しい交通システムのためのスペースとして機能したのである。さて、今度のオリンピックに向けて、東京の都市計画はどうなっているのかと、今よりはるかに先を見据えていた後藤新平の先見性に思いを馳せながら桜を見る。


完成直後の隅田公園の絵葉書。首都高速がなければどんなに素晴らしい景観か。これから自動運転など交通革命が起こる、その時にもう一度首都高速のあり方を考える時代が来るでしょう。

ライスジュレレシピコンテスト本選

上の写真は最終予選出場者、中にいるきぐるみは河内町のゆるキャラ「かわち丸」

先日、2月11日、茨城県河内町公民館で、「第一回ライスジュレ(米ゲル) グルテンフリーレシピコンテストinかわち」の最終決戦が行われ、グランプリ獲得者が決定しました。皆さん嗜好を凝らし、グルテンフリーや学校給食というテーマに真摯に向き合われていて、企画に加わった一人として大変感動しました。試食だけでなく、参加者のみなさんにプレゼンテーションをお願いしたのは大正解でした。

とくにまちづくりの上で、いままで熱心に活動されていた河内町食生活改善推進員の皆様たち、その代表の鈴木さんの作成した、「ゆず香る~ゆずようかん」は味だけでなく、そのかわち愛に満ちたスピーチとあわせ大変良かったです。お話をきくとかなり試作をくりかえし今の味にしたとの事です。ピンクシャツの応援団もパワフルでした。

第一回ということですが、今後もこのコンテストを発展させ、米の用途拡大、米ゲルの普及、そして河内町のアピールにつながればと思います。

河内町食生活改善推進員でもある鈴木さんのプレゼンテーション風景