「廃校からドローン練習場へ 校舎を再活用した施設が続々」週刊朝日2018年10月12日号

週刊朝日2018年10月12日号で、以前当社古宇田がオープンに向けて支援した、株式会社i-roboticsが運営する「ドローンフィールドkawachi」が、「廃校からドローン練習場へ 校舎を再活用した施設が続々」という記事の中で取り上げられています。昨年末オープン後も着々とさまざまな形で利用されるようになってきているということで、利根川の河川上を片道5km飛ばせる環境など、国内有数の環境を整えたこともあり、当初のねらいが少しづつ形になっています。ドローンは地方再生における有力なツールです、今後の展開を期待しましょう。

「廃校からドローン練習場へ 校舎を再活用した施設が続々」

「廃校フォトギャラリー」

職員室もコミュニケーションラウンジに


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かつての中学校の玄関が、いまは研究所のエントランスホールに。


「マルセル・デュシャンと日本美術」展

10月2日より東京国立博物館で開催されている「マルセル・デュシャンと日本芸術」展、この三連休時間を作って早速観て参りました。世界に冠たるマルセル・デュシャンのコレクションを有するアメリカ・フィラデルフィア美術家との共同開催で、もう現地に行かない限り二度と見られないようなデュシャンの作品群をまとまってみることができるはじめての機会です。私も実物は一回も見たことがなく、ずっと作品集で眺めていた一連の作品と出会えるので、開催が告知されてからずっと楽しみにしておりました。日本側のキュレーションは東京国立博物館の名物ディレクター松嶋雅人。


改修されたエントランスホール、設計は安井建築設計事務所


久しぶりに国立博物館を訪れたら、エントランス部分が改修されていて、チケット売り場に行列が、三連休ということもあり、混んでいるかと思いかなり構えて苑内に入ったのですが、、、展示は奥の新館で、館内に入って人ががくんと減り、二階の展示室でゆっくり展示を見ることができました。

展示は、これまで国内でぼくもかなりの数の展覧会を見てきましたが、その中でも屈指の素晴らしい展示で、じっくりデュシャンの世界を時系列に合わせて体験することができました。初期の絵画作品「階段を下りる裸体」「機械に置き換えられた花嫁」から、レディ・メイドの作品群、そして、さまざまな書簡やアトリエの写真など、これまで見たことのなかった関連資料も素晴らしく、もういちどデュシャンと、彼が現代美術に与えた影響についてじっくり考える機会になりました。作品についている説明のキャプションも判りやすくて素晴らしい!

デュシャンの俗に言う「大ガラス」→「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」も、レプリカですが見ることができました。これもどれだけ見ていても飽きない作品で、別のコーナーでトランクに納めたデュシャンによるさらなるレプリカも含めて、コピーとオリジナル、実態と影、ガラスという素材の意味など、単品ではなく作品群をつなげてみることで様々なテーマが浮かび上がってきます。


こちらは本物の「大ガラス」の写真。輸送中に入ったヒビをのちにデュシャンは「大きな意味がある」と考えるようになった。ヒビのため動かせなくなったことにより、輸送可能な普通の芸術作品の意味を問うものになっている。

ジャン・ヌーヴェルのカルティエ財団ビル、これも大ガラスのコンセプトを導入した建築。デュシャンの大ガラスが建築に与えた影響は大きいです。


じっくり作品群を見た後、同時に展示された日本芸術の展示も素晴らしく、松嶋キュレーターらしい批評精神により、日本芸術と西洋芸術との比較による、空間や時間概念の違い、表層には表れていない日本人の中に根付いている感覚を浮かび上がらせています。これも興味深かった。日本芸術部分の展示は国立東京博物館の作品群から今後も企画に合わせて入れ換えられていくとの事です。

さて、展示を満喫した後、一階に降りたら行列が、、、何かと思ったら今回のデュシャン展のフィラデルフィア美術館側のキュレーター、マシュー・エフロン氏の講演会が、、、なんと席に余りがあり、飛び込みで聞く事が出来ました。内容はデュシャンの生涯をたどりながら、その謎めいた作品群を解き明かしていくということで、今回の展示の内容を側面的に理解する助けになりました。

面白かったのが講演終了後のエフロン氏への質疑で、ある質問者がデュシャンのアトリエがあった場所を訪れたら、デュシャンのアトリエのあった部屋「403号室」「405号室」の間のプレートが外されていた。その部屋はフィラデルフィア美術館が所有されているのではないか?という質問で、それに対するエフロン氏の答えが、私はアトリエに行ったことがないし、そんな話も聞いたことがない、とのこと。この話もなんとなくありそうな話でもあり、デュシャンらしい謎のひとつで、草葉の影?でデュシャンがほくそ笑んでるのではないか、とも思います。

何回も書きますが、デュシャン展が空いているなんてどういうことか?講演に予約なしで入れるなんてどういうことか?なんで満員、満席でないの?と思います。こんなに貴重で画期的な展覧会なのに、客が入っていない。やっぱり日本人はスタジオジブリ展やモネ展の方かいいのか?いやジブリもモネもいいですよ。でも本物の現代美術の真髄を、ぜひもっと多くの日本人に体験して頂きたいものです。


私の一番好きな作品、「機械に置き換えられた花嫁」も実物を見ることができました。これも凄かった。当たり前ですが、写真ではわからない筆のタッチなども見て取ることができます。レディメイドの概念を生み出したこの人が、あえて絵画も続けていたらどんな作品群を生み出していたろうか、と想像しても楽しくなります。


 

 

 

「6次産業化・新産業創出促進事業」農林水産省ホームページ公開

当社が連携している株式会社ソーラーポートが昨年度実施した「6次産業化・新産業創出促進事業」の実施内容

米ゲルを使用した介護食のレシピ開発及びマーケティング調査

のまとめについて、農林水産省のホームページに公開されました。内容が一望できるので、ぜひご興味のある方ご覧下さい。

Bridge City ~ローザンヌの駅舎デザイン

ブリッジからみた夜景、床にデザインされたLEDライトによるLineが美しい。


その場所性を生かしながら、現代的デザインを生かした都市デザインの好例として、10年ほど前に見たローザンヌの駅舎デザインについて紹介したい。

スイス出身の建築家、ベルナール・チュミ。ラ・ヴィレット公園などの設計で知られる彼は、1990年代から地元スイス、ローザンヌ市のデザインを手がけていた。当時発表された「Bridge City」は、ローザンヌの鉄道駅を生かしたデザインの提案である。

ローザンヌ市はもともとスイス、レマン湖畔にあり、高低差のある都市で知られている。上の写真のように、一階かと思って入ったら、建物の屋上につながっていたり、建物の屋上同士をつないで歩行者道路があったり、歩いていて楽しい街だ。

チュミの「Bridge City」プロジェクトは、このような高低差を利用し、橋そのものが都市となる提案だった。町そのものの特徴を生かしたユニークな提案で、当時興味を持って雑誌を眺めていた記憶がある。


都市計画の実現には時間がかかる。2000年代の中ごろ、機会があってローザンヌを訪問した私は、チュミの「Bridge City」の一部が実現していて嬉しくなった。

ブリッジで谷間を繫ぎ、ブリッジは歩行者、地盤レベルはバス停、地下はメトロが交差し、横の動きに対して、それらをエレベーター、エスカレータ、階段でつなぐ縦の交通デザイン。動線が全て視覚化されていて、見ているだけで楽しい。


階段のデザインも工夫されている。

地下に光が導入されるように、吹き抜けや、高低差を生かしたランドスケープも工夫されている。

旧駅舎や鉄道操車場もデザインに取り込まれていて、クラブやレストランにリノベーションされていた、グラフィックデザイナーやインテリアデザイナー、ランドスケープデザイナーも多数参加している様子。


こちらは手すりやランドスケープのディテール、チュミのテーマカラーである赤いラインが特徴的につかわれている。


こちらは夜景、ブリッジの上からみて楽しいだけでなく、歩行者レベルでも光のデザインが工夫されていて飽きさせない。


かように、まちのもつ特徴を生かしながら、活力ある場を生み出し、現代的デザインに落とし込まれているところに感心した。聞けば、この広場の中心に新たにバスステーションが新設されたとのこと、長い年月をかけてかたちづくれる都市のすがたを確認しに再訪してみたい。

 


K&Fのまちづくり、都市デザインの提案。いま進行中のものもありますが、形になるまでは時間がかかります。だが、まちや都市について考えることは一番楽しいことのひとつです。

K&FACTORY City Planning


 

「建築からまちへ 1945-1970」国立近現代建築資料館

上は国立近現代建築資料館のインテリア。方形の部屋に円形の展示ケースがレイアウトされている。


湯島のオフィスの裏にある、国立近現代建築資料館で、9月9日まで公開されている、「建築からまちへ 1945-1970」展に行ってきた。


展示が変わるたびに行っているけど、このブログで紹介するのは初めて。旧岩崎庭園に隣接し、庭園側からと、湯島地方合同庁舎正門側からと、両方からアプローチできる。合同庁舎側からならば、入場無料。

こちらは岩崎庭園側のエントランス。迂回して建物に入る。建物は湯島地方合同庁舎[2]敷地の一角にあった別館(1971年竣工)と新館(1984年竣工)を改修(どちらも旧司法研修所)をリノベーションした。私の知人の弁護士がここで研修を受けたと懐かしそうに話していた。

エントランス正面。ここから入り、二階の展示室へアプローチする。

展示室への階段、コルビジェ風のデザイン。ここを上がってアイキャッチ画像の展示室へ入る。


さて、今回の展覧会であるが、戦後復興時期に建築家が構想した様々な都市計画を一手に展示したユニークな企画で、初めて見る資料、図面がたくさんあった。

まずはこちら、坂倉順三の設計した東急文化会館の断面図。その他新宿西口計画の図面など、初見の資料ばかり。

竣工時に配布された東急文化会館のリーフレット。坂倉順三の渋谷駅前計画、新宿西口計画はいずれも実現し、たとえ東急文化会館のように解体されて、「ヒカリエ」に建て替えられたように、時代による変化を受け入れながらも、いまもその骨格は残り機能している。


これはプロジェクト自体の存在を知らなかった。ある意味今回の目玉、池辺陽による焼け野原になった渋谷中心部の復興計画、1946年に計画されたとの事。当時池辺陽も新進建築家のひとり、戦争直後で現実に建つ仕事もなく、復興計画しかなかった。しかし、青年建築家のあふれる構想がこれらの図面に叩きつけられている。「輝ける都市」コルビジェ風のデザインが時代を感じさせる。後の住宅作家池辺陽からはちょっと想像しえない計画案。

力のこもったパース、ただし、この計画は1ミリも実際の渋谷中心部には反映されていない。

渋谷区の人口分析、グラフも地図と組み合わされデザインされている。レム・クールハースを先取りするような調査データのグラフィック化。このあたり、後の池辺陽を想起させる。図面や資料は今回展示に向けて修復されたとのこと。


こちらは吉阪隆正の大島復興計画。こちらも実現はごく一部にとどまるが、都市への考え方、構造の提案はいずれも貴重なものだ。地域のもつ特性や、歴史を引き出すことにより、1960年代に始まるCIAM的な都市計画への批判も込められている。


今回の展示はいずれも注目すべき資料であり、最近まちづくりなどについて考えることが多いので、大変インスパイアされた。資料的価値が高く、撮影不可の表示のある資料以外は撮影OKだったので、写真を沢山撮ってしまいました。


ちなみに岩崎記念館の様子。今改修中。庭の一部も擁壁工事が進んでいる。